さて前回、京都では有名な心霊スポット「清滝トンネル」に立ち寄ったわけですが・・・。

このトンネルをくぐった先に嵯峨清滝町(京都市右京区)という小さな集落が実はありまして。

戦前は納涼避暑地として栄えた場所だったとか。
もはや廃線してますが北側の愛宕山には頂上までのケーブルカーも敷設され、遊園地やホテルまであった、というのだから驚きです。
現在はかつての繁栄も面影を残すのみですが、最近ではゲンジボタルが見れる、ってことで再び注目を集めてたりもするみたいですね。

集落の中央を流れる清滝川。
多分、この川の両岸で時期になるとホタルがペカペカ光りだすんでしょうな。
心霊トンネルを抜けた先にこんな場所がある、ってことを知らない人も多いのでは、という気がします。

で、今回の目的地ですが、清滝を参拝口として、愛宕山頂上に建立されている愛宕神社。
昔はケーブルカーで楽々だったみたいですが、現在は自力で山を登っていくしか到達する手段がありません。

ケーブルカー、清滝川駅跡。
わずかに基礎となるコンクリートが残るのみ。

ケーブルカーの路線跡。
このまま路線跡を辿って愛宕山を攻略する人もいるみたいですが、荒れてるんで私は断念。
それにここ現在は私有地らしいです。
うろうろしてて怒られちゃかなわんので退散することにする。

愛宕神社、清滝側参拝口。
さあ、ここからが長えぞ。

いきなりびびらされます。
ほお、4キロとな。
4キロの山道がどれぐらいのキツさなのか、この段階ではまるで理解してない私。
まあ、いけるんちゃう?と、鼻歌まじりで入山。

参拝路(登山路)と並行するようにケーブルカーの路線跡が。

ちょっと降り立ってみた。
廃線化したのはせいぜい数十年前なのに、苔むしていてまるでなにかの遺跡のようにも見えます。

まあ、例によってこんな風な山道が延々と続くわけです。

登山途中でイラッときた看板。
登っていくにつれて数字が17/40、18/40、19/40と増えていくんですけどね、なんやねん、このエロ詩吟みたいな文言は!と。
うまいこと言うたつもりか!と吐く息も荒くつっこむ私。

わずかに殺意すら抱いた24/40。
ここまで到達するのにおよそ1時間15分ほど。
あれ?まだ24なの?と、ちょっと焦ってるわけだ、本人としては。
これひょっとして2時間以上歩かなきゃならんのか?と。
体力持つのか、俺?と。
そこにきてコレだよ。
堕ちる時はお前も必ず道連れだ!と固く心に誓う。

水尾別れ。
ここまででようやく2/3ほど登りきった計算となる。
結構やばいです。
膝笑ってます。
滝のような汗が全身をくまなく伝い、呼吸が整うこともなし。
いかん、これは運動不足な中高年の手に余る物件だったかもしれない、と後悔し始めてる私。
遭難の二文字がにわかに現実味を帯びてくる。

もはやつっこむ気力もなし。
ただ頂上へ。
登りきって、水分を補給することができれば体力も回復するかもしれない、と機械的に足を前へ。
すでに持参したペットボトルはとうの昔に空。
荒ぶる呼吸が喉の痛みすら併発する有様。

あと4、あと4で到着、と気力を振り絞って鉛のような両足をひきずってるところに、ゴミ箱男などという新キャラが登場してきてひどく戸惑わされる。
いや、ちょっと待て、35/40でゴミ子は「捨てないで連れて帰って」と言ってるわけである。
で、ゴミ箱男はそれを知ってか知らずか「家で待ってるから」とのたまってる。
ということはだ、何らかの事情があってゴミ子は愛しいゴミ箱男の元から離れて、下手すると山中で置き去りにされかねない酷薄な謎の第三者と登山を共にしている、という奇妙な状況におかれていることになる。
なに、そのわけのわからんシチュエーションは?
一体どのような事情があって、そのような境遇に二人は追いやられたのか、詳しい設定、筋立てを嵯峨消防分団に問いあわせたいところである。

あふあはああははーん、やっと門らしきものがあああああ(ゲシュタルト崩壊一歩寸前の状態)。

最後は普通なのかよ!と気力を振り絞ってつっこんだ私。

うおっ、私より遥かにお年を召しておられるであろう先行者が。
すいません、鍛えなおしてきます、弱音はいてすいません。

あああああやっと着いたあああ。
トータル2時間15分。
うん、もう帰れません、だってこれ以上動かないもの足が。
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コメント
[…] 以前、愛宕神社にでかけた時や保津峡へ向かう際にも通った奥嵯峨へ、再び出かけてまいりました。 […]