5日目
土日は病院の外来が休みのせいもあってか、病室にやってくる人もまばら。
毎日のぞいてくる主治医も姿を見せない。
看護師が1日に数度やってくるだけ。
驚いたのが土日はシャワー室使えないこと。
祝日も駄目らしい。
GWとかどうなるんだよ。
臭え入院患者だらけになるじゃねえかよ。
なにか理由があるんだろうけど、納得できない。
ひっきりなしに誰かが来るのも苦痛だが、誰も来ないなら来ないで退屈。
ちなみにコロナのせいで見舞い客は病室に訪れることを許されない。
4人部屋とは思えぬほど静まり返ってる室内。
考えてみたら、同室の入院患者の顔をまともに見たことがないな、とふと気づく。
私を除く3人が私より年配の老人であることはなんとなく認識してはいた。
内1人は、全身を管に繋がれていてほとんど動かない。
もう1人は杖をついた小柄な畳職人風の老人、もう1人は定年を過ぎた後会社に再雇用された元経理課長風の老人。
お互いがお互いの存在を認知しながらも、一切目線を合わせず話すこともない。
初めての入院生活なのでわからないが、相部屋の患者同士って、今はこんな感じなの?と思う。
簡単な挨拶ぐらいあってもいいのでは?と思うが、なんだか関わることすら嫌がってる風だ。
今日明日の命も知れぬ重病患者は同室にいないはずなんだけど、どこか強い厭世観を漂わせているようにも感じる。
まあ、共通の話題もなさそうな感じだから無視なら無視で別にいいんだけど。
6日目
眠れない夜が続いているのと、薬の副作用のせいで何をやっててもとにかく集中できない。
YOUTUBEも飽きたし、連絡を取る友人も尽きた。
入院前は、暇すぎてTwitterとかめちゃくちゃ活用してしまうかも、と思ってたが、いざつぶやこうとすると頭がぼーっとして何も書けない。
時間をひたすら持て余す感じなのがしんどい。
4人部屋なのに照明が中央にあるせいで、ベッド周りが影となり、一日中薄暗いのも気が滅入る。
こんなところでなにをやってるんだろう、と思う。
恐ろしく時間を無駄にしている気がする。
それこそが入院生活なのかもしれないけど。
暇なので、洗濯室にある水道で直に頭を洗う。
このまま体も洗ってやろうか、と思うが、流石に共用部で全裸はまずいか・・・と思いとどまる。
ザバザバ水(お湯が出ます)をかぶりながら、これ、看護師に見られたら怒られるかな、と少し思う。
なのに、こういうときに限って誰も通らない。
今日なにか言われたら絶対に噛みついてやる!と思ってたのに察したのか?(何をだ?)。
ついでに髭も剃る。
誰に見せるわけでもないのに。
7日目
朝6時半頃、いきなり主治医がきてあれこれ聞かれる。
早えええよ。
半分寝ぼけてたので何を言ったのか全く覚えてない。
その後、採血と血圧。
結局、病状が良くなってるのか、悪くなってるのかさっぱりわからん。
昼からリハビリ。
腕を大きく上げてぐるぐる回したり、足踏みしたり、自転車漕いだり。
俺は寝たきり老人かよ、と情けなくなる。
8日目
夜中に凄まじい音で放屁するやつが同室にいる。
だいたい1時頃から始まって、朝方5時ぐらいまで、スパンはまちまちだが途切れることはない。
あー今日も寝れないなあ、と横になってるとばふぉおおおっ。
最初はびっくりして飛び起きた。
いや、点滴の袋かなにかが破けたのかと思って。
屁なのか?いや、屁?マジで?と状況を把握出来ないでいると、再びぱひぃぃいいいいっ。
びくうっ、と半身を起こす。
遅れてほのかに漂う腐敗臭。
屁だよ。
この・・・・・じじい!許さねえぞ!てめえ!自由に屁をこきたいなら個室に移りやがれ!とカーテンを勢いよく開けるも、何事もなかったかのように静まり返ってる室内。
ふと気づく。
同室患者は俺の他に3人いるが犯人は誰だ?
特定できない。
さすがに夜中に一人一人「あなた今屁をこきましたね?」と問い詰めて回るわけにもいかない。
また犯人が問い詰められたからといって正直に白状するとは限らない。
「こんな夜中に失礼な!君のやってることは安眠妨害だぞ!」
などと開き直られた日には私が悪者になってしまう。
また、3人のうちの1人である、管に繋がれて動かない老人が自分の意思で括約筋をコントロールできず、しかたなく漏らしてしまった、ということも考えうる。
その場合、糾弾するのはあまりにも酷だ。
しばらくカーテンを開け放ったまま様子をうかがう。
3:16。
静まり返った室内で空調の音だけがすすすすすすすと鼓膜をくすぐる。
3:58。
何をやってるんだろう、と思う。
何をやってるんだろうと思うけど、やめられない。
突然、懐中電灯の光。
「どうしたの〇〇さん、寝れない?」
巡回の看護師だ。
「いや、寝れないというか、その、寝れないのは確かなんだけど、同室のね」
その時である。
ばひょおおおおおおおっ。
ああっ、見てなかった!誰だ、くそっ!待ち構えてやがったな!
「いやほら!これ!今の!」
「何が?静かにしようね、みんな寝てるから」
汽笛のように響き渡る屁ですら華麗にスルーする看護師に気を呑まれ、すごすごとベッドに横たわる私。
いや、静かにすべきは屁をこくジジイであって、私ではなくて・・・と口ごもりながら眠りについたのは4時半を過ぎた頃であった。