入院とか、自分に関係ないと思ってた 5

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18日目

入院前に医師から脅されたせいもあり「ひょっとしたら帰ってこれないかもしれないな・・」と考え、入院日までに身の回りをあれこれ整理、始末した。

基本、要らないものはすぐ捨てるタイプの人だし、ベッドの下にエロ本も隠してないので(昭和か)、お金のこととか、契約してる部屋の後始末のこととか、簡単なメモ書きを残しておくだけでほとんどの用事は済んだのだけど、唯一、どうしたものかと悩んだのが前年の正月に気まぐれで買った家内安全の御札

それほど神経質になるようなことではないのかもしれないけど、治療がうまくいくかどうかわからない状況で神社に関係するものを放置しておくのはなんか気がかりだ。

ま、気持ちが弱ってたんでしょうね。

前年に買った御札なので、本来なら神社に返納しなきゃなんない。

ちなみに誰もが知ってる有名な神社の御札なんだけど、その神社、山の上にあって。

ケーブルカーが途中まで敷設されてるが、そこから本殿までは歩かなくてはならない。

あの坂道を今のコンディションで行けるのか?俺?としばし悩むが、入院中に「あの時、御札を返さなかったばかりに・・・(どんなシチュエーションだ、それ)」と後悔するのも嫌なので、意を決して出かける。

ケーブルカーに乗るまでは良かった。

問題はそこから。

本殿までの坂道や階段が、尋常じゃなくきつく感じる。

最初は5分に一度程度の休憩で済んだのだけれど、それがだんだん50歩に一度の休憩、10歩に一度の休憩となる。

猛烈に呼吸が苦しくなって、マジで足が前に出ない。

はっきりいって、衝撃だった。

あんまり意識してなかったけど、ここまで俺は弱ってたのか、と。

病院で検査後に「・・・よくこの状態で仕事してたね」と医師に呆れられたが、その言葉を嫌というほど噛みしめる自分。

なぜこんな体調で転院直前まで全然大丈夫、健康と私は思っていたのか、今考えると不思議でならない。

腰の曲がった老人にすら追い越されながら、ようやく境内に辿り着くまでゆうに30分はかかっただろうか(普通は10分ほど)そこまでが私の限界だった。

なんとか納所に御札を入れて、そのまま踵を返す。

本殿で手を合わせるどころじゃない。

いや、死ぬ、これ以上無理したら死ぬ、もう歩けん、意識が飛びそう、と誰に告げるでもなくぶつぶつと繰り返す。

普通ならせっかく来たんだし全快を祈願、だろうけど、祈願してる最中に終りが来るとその時は思った。

ケーブルカーの駅から駐車場までがまた地獄。

病気のアヒルみたいな歩調でふらふら揺れながら1歩、また1歩とゆっくり前に進む。

駐車場の料金を支払う手が震えて、小銭をつかめない。

車に乗り込んだ途端、暗転。

気がつくと、10分ほどが経過していた。

再度料金を支払い直して帰宅。

神様に「1年守護してやったんだから、ちゃんとお礼に来いよ?コラタコ?!」と思われるのが嫌で出かけたはずなのに、詣る事自体がほぼ罰というわけのわからない状況にあった1日であった。

神社で手を合わせるのは日本人のたしなみ、と思ってたが、たしなむ程度の信心では行き倒れもありうるってことか。

怖っ。

いや、誰かに行ってもらえよ、って話だけどね。

19日目

看護師に頼っていてもらちがあかない(11~15日目参照)ので、自分ですべてを手配するようになる。

まずは替えの入院着。

看護師がどこから引っ張り出してくるのか、常日頃から注意深く観察し、ついに入院着がしまってある巨大なロッカーを発見する。

朝方、まだ薄暗いうちにロッカーへ出向いて入院着を確保。

朝食前に着替えて、汚れた入院着は自分で汚れ物入れへ。

同様にタオルやティッシュなどがしまってある場所も特定し、調達。

「無断で取り出してはいけません」と注意書きが貼ってあるが、頼んでも持ってこない奴らに言われる筋合いはない。

料金を支払っている以上、私には自由に使う権利がある。

というか、具合が悪いから入院してるのに全部自分でやるとか、自宅で一人暮らししてるのと変わらねえじゃねえかよ、と思う。

見つかったらきっと怒られるんだろう。

けれど他の患者のように看護師に媚びて何度もお願いするぐらいなら、嫌われて問題視される方がずっとマシ。

ちなみに私が勝手に消耗品や備品を使うのを、誰かに咎められることは退院の日までなかった。

患者が入院着を着替えてるかどうか、消耗品はちゃんと足りているのかどうか、気にもしてないってことね。

若干数名、いつも不足してるものがないか聞いてくれる看護師が居るには居たが、1週間に1度程度しか会わんのだよな、これが。

なんだか色々統制されてない。

20日目

朝飯を食って、薬を飲んで、お茶とか必要なものを自分で手配して、ベッドにごろりと横になったならそのまま意識が飛んだ。

ふと気づくとあたりはもう薄暗く、何故か点滴の袋が2つに増えている。

よくわからない電極が手足や胸に貼り付けてあるのも確認。

あれ?なんだかゴワゴワするな、と股間に手を伸ばしたらモコモコするものが。

・・・おむつじゃないの?これ?

えっ?どういうこと?と慌てて上半身を起こしたら、ちょうどいいタイミングで看護師がカーテンを開く。

「あっ・・・先生呼んでくるからちょっと待ってて!」

バタバタと遠ざかる足音。

「・・・・うん、大丈夫だね。心配ない」

触診を含め、色々見定められたはずなんだけどはっきりした記憶がない。

「あの、なにがあったんですか?気を失ってたんすか?俺?」

「ああ、いやいや大丈夫大丈夫」

「いや、大丈夫って・・・大丈夫じゃないでしょ」

「いやいやいや大丈夫大丈夫」

結局この日のことはブラックボックスなまま。

何も説明してくれないし、何を聞いても答えてくれない。

怖い怖い怖い怖い。

とりあえず、漏らしてないことだけを確認しておむつは早急に処分した。

ひょっとしたら私の主観と他者の客観に食い違いがあったのかもしれない、と今は思ってる。

21日目~26日目

夜半すぎから熱が出る。

それほど高熱ではないのだけど、抵抗力が落ちてるせいか、なかなか回復しない。

コロナではないようだが、しんどくて起き上がることが億劫。

ずっとスマホで坂本龍一を聞く。

大きい音で音楽を聴くと「ヘッドフォンから漏れる音がシャシャカうるさい」と苦情が出るので、ロックは聞けない。

熱に浮かされた状態で教授の音楽を聞いてると、何処かへ連れて行かれそうな感覚に陥る。

これは精神衛生上やばい気がする・・・と思いつつ、動画も活字も集中出来ないので結局リピートする。

熱が下がるまで5日かかる。

まさか退院してまもなくご本人の訃報を聞くことになるとは思わなかった。

続く

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