入院とか、自分に関係ないと思ってた 1

入院前夜

きっかけは出会い頭だった、といっていい。

仕事で痛めた腰がなかなか良くならなかったので、整形外科を受診した時のこと。

「あれ?なんか足がむくんでるね」

「え?そうですか?自覚ないんですけど」

「いや、これむくんでるわ。靴下の跡つくでしょ?」

そう言われれば心当たりが無いこともない。

「あのね、私では専門的な判断ができないから内科を受診した方がいい。大きな病気が隠れてるかもしれない。駅へ向かう通りに内科があるから。電話しといてあげるからついでに診てもらってきな。今日はこの後家に帰るだけでしょ?」

「いやまあ、そりゃそうですけど・・・」

はっきりとした返事をしない私を尻目に手早く受話器を取る先生。

正直、面倒くさかった。

足がむくんでるぐらいで病院とか、年頃の乙女じゃねえんだから時間と金の無駄、と思っていたことは確かだ。

ただ、人間どこかに故障(腰痛)があると、えてしてあまり強気にはでられないもので。

はっきりとした態度を示せないまま、もぞもぞしている私を置いて事態は勝手に進行していく。

「今、空いてるって。15分後に予約しといたからすぐに行って」

いや、俺腰が痛いからそんなに早く歩けないし、場所もわからないんだけれど・・・と口中でつぶやきながらゆっくりと立ち上がる。

今思えば、このときの整形外科の先生の判断がなければかなり危険な状態に陥っていたことは間違いない。

めぐり合わせというか偶然に感謝するしかないなとつくづく思う。

内科での診断は予想外に早かった。

「はっきりとしたことはいえないけど心臓がおかしい。血液検査の結果次第では大きい病院に行ってもらうことになるかもしれない」

青天の霹靂であった。

は?心臓?

景気よく脈打ってますけど。

毎日体使って仕事してるのに心臓がおかしいわけないじゃん。

心臓駄目だったらうちの会社の仕事とか無理だし!ヤブかよ!とあざ笑う私に後日突きつけられたのは総合病院への転院指示であった。

「血液の病気です。病名は〇〇。血の構成元素が滅茶苦茶になってる。で、血中に含まれる〇〇が心臓に悪さをしているんだね。最近息切れとか動悸とかひどくない?」

言われてみれば階段がつらいし、少し速歩きしただけで大きく呼吸が乱れるようになってはいた。

けれど私自身、決して若くはないし、歳を重ねるっていうのはそういうことなんだろうな、と勝手に思い込んでいた節があって。

「脈拍がね、常時120超えてるんだよ。こういうのを頻脈というんだけど、普段からしんどかったはず。心肥大してるし、不整脈もある。このまま放置すると突然死する可能性が高いです。すぐに治療を開始しましょう。まずは血液の状態を正常に戻してからそのあと心臓の治療だね。いつから入院できる?」

きっと私はバカ丸出しの顔で先生の表情をうつろに追っていたに違いない。

は?突然死?入院?何を言ってるのこの人?仕事休めないし。つーか、元気だし。死ぬわけないし。バカじゃねえの?

そんな私の心情を見透かしてか、先生は、

「あんまり自覚ないかもしれないけどね、深刻に考えたほうがいい。薬が効かない可能性もあるからね。脅すわけじゃないけど20年前だったら治らない確率のほうが高かった病気だから」

足元がぐにゃりと歪んだ気がした。

え、死ぬの?聞いてないんですけど(聞いてるわけがない)まだやりたいこととか少しだけあるんですけど。読んでない本とか、見たい映画とか、老後のためにとってあるんですけど。いや、早くねえか?さすがに?おかしいじゃん、それ(おかしくはない)。

いつか人は死ぬ。

わかってはいたつもりだった。

残された時間が生きてきた時間よりも短くなってるのは自覚していたし、人生というレースの最終トラックを回り始めていることも承知していたつもりだった。

けれど、あなたにゴールテープは用意してないよ?とばかり、突然はしごを外されるとは思ってなかった。

こんなところでリタイヤなのかよ。

気持ちの整理のつかないまま、言われるまま機械的に手続きを済ませていく私。

ちなみにその時、一番気がかりだったのはベランダで栽培してた奴ネギの行く末であった。

植えたばかりなのに水やらないと枯れるじゃねえかよ。

いや、枯れかかってるのはお前だ、という話だ。

あれほど気になってた仕事は自分でも驚くほど秒速で脳裏から消えた。

心臓がパンクしかけてるのに職場とかどうでもいい、と素直に思える自分が少し意外ではあった。

1日目

「コロナ陰性じゃないと入院できませんから」

看護師がニコニコ笑いながら言う。

いや、死ね、ってことだよ、それ?と思うが、口には出さない。

鼻の奥を綿棒でグリグリ。

鼻血が出た、とマジで勘違いするほど痛い。

1時間ほど待たされたのち、陰性を告げられ病室へ。

4人部屋。

いきなり主治医がやってきて、骨髄検査をやらせてくれ、という。

初診日に一度経験済みではあるが、慣れるものじゃない。

腰から何かを吸い上げられるかのようないやな感覚が、痛みを伴ってビリビリとふくらはぎ辺りまで差し込んでくる。

その後、血が止まるまで仰向けで1時間安静。

動けないのをいいことに、右腕から採血、左腕から点滴。

もう出ていってるのか入ってきてるのか訳の分からない状態。

その後、心エコー検査とレントゲン、休む暇もなくMRI。

造影剤を投与されているので昼ごはんが食べられず、腹が鳴って仕方がない。

「1時間ぐらいかかります」と技師。

終わってみれば余裕で2時間超え。

「いや、ごめんなさい、凄く頑張ってくれたんでつい」

つい、テヘペロ(脚色)ってなんだ。

病人相手に興がのったとでも言いたいのかお前は、と腹立たしく思うが、抗弁する気力なし。

全身汗だくだわ、腰が痛いわ、腹は減るわでイライラがピークに。

20時を過ぎてようやく遅い夕食。

異様に量が少ない。

なんで?医学的に見たら不健康にデブなの俺?こんなの腹が膨れんよ。

あっという間に食い終わるも、食後にまったりする暇もなく「消灯でーす」の声。

いきなり真っ暗。

いや、歯も磨いてないし、茶の一杯も飲んでないんだが・・・。

ただただ翻弄されて1日目が終わる。

続く

タイトルとURLをコピーしました