山まるごとが聖域、山まるごとが鳥居に埋め尽くされた異郷の迷宮~伏見稲荷大社【京都】

完全に陽が落ちました。

あれ?行きはこんなところ通ったかなあ、という・・・。

なんなんだこれ。

通ってない道に迷い込む私。

なんだか妙にノスタルジーというか、昭和を感じる。

まあ、下界の光も見えてますし、このまま下ればなんとかなるでしょう。

余談ですが、伏見稲荷大社って、24時間参拝することが出来るんですよね。

今回、夜の表情もカメラに収めてみたい、と思ってわざと遅めに出かけたんですが、なんかやっぱりもういい、と途中で思いました。

早く下山したい、とその一心。

霊場であることは間違いないんでしょうけど、私の感触としてはなんか巨大な墳墓のように思えた、といいますか。

神様を祭る、というより、祟られぬよう、山全体で鎮魂につとめているような印象を受けました。

主祭神である宇迦之御魂神は穀物の神であり、五穀豊穰、商売繁盛、交通安全といったご利益がある、とされてますが、実はそれは表の顔なのではないか、という気も少ししてまして。

というのも、伏見稲荷大社、本殿が西向きに建っているんです。

通常、神社の本殿は必ず南向き。

西向きに建てるのはよほど強いなにかを必要とする場合。

もちろん立地の問題もあるんで、一概には言えませんが、その上で私が着目したのが稲荷山の参道のルート。

簡略化した稲荷山の参拝ルート、略図なんですが、鳥居の連なる道筋はですね、どこをどう通っても必ず入り口に戻ってくるようになってるんです。

他へは抜けられない。

これはどういうことか。

つまり、入り口からなにかが入ってきても、必ず元の場所に戻される、ということですよね。

西は黄泉の国の方向、といわれています。

もしもですよ、奈良時代、何か強い恨みを抱くものがこの地にたたりをなそうとしていたとしたら。

それを追い返すための装置として、この場所が作られたのだとしたら。

すべては私の妄想です。

悪い本の読みすぎです、多分。

ただですね、商売人の間では伏見稲荷大社に鳥居を奉納してこそ企業として一人前、みたいな風潮が昔からあるみたいでして。

一基、17万5千円から山中に鳥居を立てられるらしいんです。

つまり、参道を埋め尽くす鳥居の群れは商売繁盛を願う人々の欲望の数でもある、といえるわけです。

これって、かっこうの餌であるように思えるのは私だけでしょうか・・。

夜の闇に映えるきらびやかな桜門。

すでに入り口の大鳥居までの参道は真っ暗。

やっぱり京都の神社って、独特だ、と思った冬間近の宵闇でした。

次はもうちょっと楽しげな場所へ行こう、うん。

2015.11探訪

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